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日光市足尾(足尾銅山跡)探訪

朝から雨、そのお陰で冷え込みはそれほど厳しくありません。
雨でなく曇りなら、奥琵琶湖パークウエイに紅葉でも探しに行くつもりだったのですが中止。

①株のシステムトレード
 お休みです。

②日光市足尾町(足尾銅山跡)探訪
 平成12年秋、両親と弟家族で那須に2泊3日しながら、日光周辺の紅葉を楽しみました。
 その時、父が古河鉱業に勤めていたこともあり、古河の基礎を築いた足尾銅山に足を伸ばし足
 尾銅山跡地の観光をしたのが、その後も足尾を訪れるようになったきっかけです。
 祖父は古河電工の技師、弟は電工の小会社である古河電池、叔父も古河電工というように古河
 に縁のある家系という妙な因縁と寂れ行く町に何とも言えない哀愁を感じをその後何度も通う
 ようになりました。
 銅山の繁栄と共に歩んできた町。第一次大戦の好況下、大正5年には3万8千人強もの人で賑
 わい、栃木県で宇都宮市に次ぐ人口を誇った町、足尾。(今、足尾町は町村合併で日光市に併合
 されている)
 今は2千人強にまで過疎化が進み、時代から大きく取り残されようとしている町、足尾。
 料亭が連なり毎夜毎夜宴会が行われ、また山を上げた大盆踊り大会など繁栄を極めた町も、昭和
 48年の銅山閉山に伴い、いまや歴史からひっそりと消えようとしています。
 そんな消え行く町に残る人々の暮らしの中に何とも言えない哀愁を感じずにはいられません。
 
 旧足尾町全図足尾

 通洞駅(渡良瀬渓谷鉄道、銅山観光のトロッコ電車のある通洞坑にある)IMG_2364.jpg
 坑口:本山坑(有木坑)、小滝坑、通洞坑の3つの坑口があった。本山坑から小滝坑はほぼ一直
 線に繋がっており、通洞坑はこの太い坑道に横から接続する形になっている。このため、3つの
 坑口を結ぶ坑道は、T字型になっている。小滝坑は1954年閉鎖。最後まで使われていたのは本山
 坑と通洞坑であった。

 足尾町中才にある銅山社宅(通洞駅より線路沿いに南下)IMG_2387.jpg

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IMG_2384.jpg

 足尾駅(渡良瀬渓谷鉄道)IMG_2278.jpg

 古河迎賓館掛水倶楽部(足尾駅よりすぐ)IMG_2267.jpg

 古河迎賓館掛水倶楽部そばの幹部社宅跡IMG_2269.jpg

 同、銅山社宅
IMG_2272.jpg

 間藤駅(渡良瀬渓谷鉄道、終着駅)IMG_2362.jpg

 古河製錬所跡IMG_2330.jpg

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 南橋銅山社宅(間藤駅の北)IMG_2307.jpg

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 備前楯山(銅山)の索引ケーブル塔跡IMG_2367.jpg

 国民宿舎かじか荘IMG_2397.jpg
 
 IMG_2395.jpg

 IMG_2402.jpg
 備前楯山、庚申山の登山口にある国民宿舎。
 鄙びたお風呂の風情がたまりません。お肌がつるつるになる泉質です。
 一部細い山道になりますが、今は全面舗装されています。途中、小滝坑跡や小学校、集落跡な
 どもあり、足尾観光のあとは是非お立ち寄り下さい。

 心が疲れたら一度足尾を訪れてみて下さい。11月上旬は美しい紅葉に出会えます。
 今回は足尾に今も残る銅山社宅にスポットを当てました。
 当時の暮らしぶりをお知りになりたい方は、町民がつづる足尾の百年①②(光陽出版)をご参考
 にして下さい。(社宅としては当時最先端、買い物は掛け払いのできる三養会のことなど)
 なお、足尾観光詳細は上部のリンクをご覧下さい。
  
プロフィール

MotherLake1952

Author:MotherLake1952
大阪府出身、天秤座、O型。
定年退職後、MotherLake(琵琶湖)の畔にログハウスを建て、愛娘の柚子(トイプー、♀)と移り住む。訳あって、一人と一匹。
趣味、古いキャンピングストーブの収集、薪ストーブ、キャンプ、ナチュラルガーデン、カントリー(家、家具)、ロードレーサー、車、腕時計等々、そして元証券マンなのに何故か資産運用は苦戦中。

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